三国志に「泣いて馬謖を斬る」というエピソードがある。
馬謖とは、諸葛亮孔明が後継者として期待する超有名な部下だった。馬謖にある場所を攻略させるに当たり、孔明は「陣地を山上に築いてはならない」と口を酸っぱくして指示した。しかし、馬謖は指示とは逆に山上に陣地を築いてしまったため、敵陣に包囲され降参するしかなくなった。孔明は他の部下たちの手前、指示に従わずに大敗の原因を作った馬謖を泣きながら斬るしかなかったというエピソードだ。
しかし、馬謖が孔明の指示に逆らったのは、「普段は私の才能を買ってくれているはずなのに、なんでこんな初歩的なことまで指示されなくちゃいけないんだろう?いっそ戦略を逆にしても勝てるところを見せてやれ」とムキになった可能性がある。
自分の才能に自信があり、自発的に物事を考える人間ほど、事細かに指示されることが嫌いだ。自分の才能を見せつける場が欲しいのい、指示を出されてしまっては、功績は優れた指示を出した人間のものになってしまうからだ。馬謖は、「孔明の手の中」におさまることに反発を覚えるほど、自発性の高い人材だったのだろう。
もちろん、物語なので事実がどうだったか?はわかりません。パート1と合わせてお読みください。