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アドラー心理学⑦

・アドラー心理学では、「自由とは、他者から嫌われることである」と定義づける。あなたのことをよく思わない人がいても、それはあなたの課題ではない。そしてまた、「自分のことを好きになるべきだ」「これだけ尽くしているのだから、好きにならないのはおかしい」と考えるのも、相手の課題に介入した見返り的な発想だ。嫌われる可能性を恐れることなく、前に進んでいく。坂道を転がるように生きるのではなく、眼前の坂を登っていく。それが人間にとっての自由だ。

・もし、わたしの前に「あらゆる人から好かれる人生」と「自分のことを嫌っている人がいる人生」があったとして、どちらか一方を選べと言われたとしよう。わたしなら、迷わず後者を選ぶ。他者にどう思われるかよりも先に、自分がどうあるかを貫きたい。つまり、自由に生きたい。

・「この人はわたしに何を与えてくれるのか?」ではなく、「わたしはこの人に何を与えられるか?」を考えなければならない。それが共同体へのコミットだ。何かを与えてこそ、自らの居場所を得ることができる。所属感とは、生まれながらに与えられるものではなく、自らの手で獲得していくものだ。

・我々はみな複数の共同体に所属している。家族に属し、学校に属し、企業に属し、地域社会に属し、国家に属しといったように。仮に、あなたが学生で「学校」と言う共同体を絶対視していたとする。妻つまり、学校こそがすべてであり、わたしは学校があるからこそ「わたし」なのだ、それ以外の「わたし」などあり得ない、と。しかし当然、その共同体の中で何らかのトラブルに遭遇することはあるわけだ。このとき、学校がすべてだと思っていると、あなたはどこにも所属感を持てないことになる。そしてより小さな共同体、例えば家庭の中に逃げ込み、そこに引き篭ったり、場合によっては家庭内暴力に走る、そうすることによって、どうにか所属感を得ようとする。しかし、ここで注目して欲しいのは、「もっと別の共同体があること」、特に「もっと大きな共同体があること」なのだ。

・子育ての場面で、ほめてもいけないし、叱ってもいけないというのがアドラー心理学の立場だ。褒めると言う行為の内実を考えるとき、「よくできました」という言葉に含まれる、上から見下すようなニュアンスが不愉快に感じさせてしまうことがある。つまり、褒めるという行為には、「能力がある人が、能力のない人に下す評価」と言う側面が含まれている。われわれが他者を褒めたり叱ったりするのは、「アメを使うか、ムチを使うか」の違いでしかなく、背後にある目的は操作だ。アドラー心理学では、あらゆる「縦の関係」を否定し、すべての対人関係を「横の関係」とすることを提唱している。

・褒めるのでも叱るのでもなく、横の関係に基づく援助のことを、アドラー心理学では「勇気づけ」と呼んでいる。人が課題に踏みとどまっているのは、その人に能力がないからではない。能力の有無ではなく、純粋に「課題に立ち向かう勇気がくじかれていること」が問題なのだ、と考えるのがアドラー心理学だ、

・仕事を手伝ってくれたパートナーに「ありがとう」と、感謝の言葉を伝える。あるいは「嬉しい」と素直な喜びを伝える。「助かったよ」とお礼の言葉を伝える。これが横の関係に基づく勇気づけのアプローチだ、いちばん大切なのは、他者を「評価」しないということだ。

・「人は、自分には価値があると思えた時にだけ、勇気が持てる」

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