夏目漱石は義父母の元に養子に出されている。その時に感じた不自然さを、漱石は述懐かしている。義父も義母も、いかに養子である自分を愛しているか、という愛情表現の競争をし、その見返りとして、「お父さん大好き」「お母さん大好き」という愛情表現の返礼を期待されていることを感じたという。漱石はその「期待」を重荷に感じていたようだ、
「私はあなたのことを信じている」という言葉は、しばしば「私はあなたが私の期待した通りに行動すると思っている」という意味になる。「信じる」という言葉の意味が「期待する」である場合、人は重荷に感じるらしい。
では、信じるとはどういうことか。
それは「身を預ける」という感覚に近いのではないか?
どういう結果になっても、その結果は受け止める。たとえ悪い結果になってもあなたが頑張ったのなら仕方がない、それでいいじゃないかという信じ方だ。