「子別れの覚悟」
キタキツネは巣穴の中で子育てをする。出産後の数週間は雄が餌を巣穴に運んでくるが、いつしかその雄も家族から離れていく。母親が狩りに出る間、巣穴の中で母親の帰りを待つ子供達。獲物をとってきた母親は、巣穴の入り口に戻ると合図をする。子供達は獲物目がけて飛び出してきて、最初に食いついた子供が一匹丸ごと平らげる。出遅れた子たちは、お母さんのおっぱいで我慢するしかない。狩りを学ぶための最初の訓練だ。
ある程度大きくなると、子供たちは巣穴の外に出て遊ぶようになる。取っ組み合いの喧嘩をしたり、昆虫を追いかけ回したり。そうして遊ぶうちに、狩りに必要な力がついていく。
子供たちの食欲が旺盛になると、母親は1日に何度も狩りに出るようになる。目に見えてやせ細り、毛色もツヤも失う母親の体にその苦労は表れる。小さいうちは、子供たちが狩りについてこようとすると巣穴に追い返していた母親だが、ある時期を境に、逆に子ギツネたちが巣穴から出るのを促すようになる。数匹ずつ「実習旅行」にも連れていく、子ギツネたちは、その旅行中に本物の狩りを見学し、身の隠し方や安全な休息場所の見つけ方など、生きるのに必要なことを一つずつ学んでいく。
そして、すべてが終わった時、「キツネの育児行動のカリキュラムの終焉を告げるセレモニー」である劇的な「子別れの日」がやってくるのだ。狂った獣の形相で子どもに歯を剥き出しにし、おそるおそる子どもに噛みつき、ナワバリから追い払う母ギツネ。それは、子どもの体が大きくなったからだけでもないし、知恵や技術がついたからでもない。そばでその成長を見守ってきた母親が、子どもはもう十分自分だけで生きていけると判断してのことだ、
母はどんな気持ちでその日を迎え、子を追い払い、まだ温もりのある巣穴に戻るのだろうか。